2024年6月12日桂ざこばさんが喘息のため亡くなってしまいました。
若い頃には日本テレビ系列で放送されたワイドショー「テレビ三面記事 ウィークエンダー」のレポーターとして
活躍されていたことがありました。
そこで当時の画像などを探してみました。
【画像】桂ざこばのプロフィール

本名:関口 弘(せきぐち ひろむ)
生年月日:1947年9月21日(2024年6月76才)
自宅、実家:大阪府大阪市西成区今池
師匠:3代目桂米朝
弟子:4代目桂塩鯛、他
名跡:1. 桂朝丸 (1963年 – 1988年)
2.代目桂ざこば (1988年 – 2024年)
活動期間:1963年 –2024年
活動内容:上方落語
配偶者:あり
家族:関口まい(次女)
所属:米朝事務所
賞歴
- 1985年(昭和60年)「上方お笑い大賞」金賞
- 1992年(平成4年)「上方お笑い大賞」大賞
- 2011年 大阪市民表彰
- 2017年 芸術選奨文部科学大臣賞
中学時代に桂米朝に惚れ込んで1963年に弟子入りして桂朝丸を名乗ることになりました。
米朝一門の中でも型破りな性格で、メディアでも人気者に!
気迫のこもった人情味あふれる芸風で人気を集め、米朝さん直伝の古典落語を得意としていたそうです。
落語家さんなので落語が面白いのはもちろんのことですが
まだ中学生くらいだった私はテレビ番組の「ウイークエンダー」での桂朝丸さんが
面白くて桂ざこばさんといえば「ウイークエンダー」が出てきてしまいます。
その後には「ちちんぷいぷい」「そこまで言って委員会」
といったテレビ番組にも出演して庶民の目線に立った毒舌は
お茶の間の人気を集めました。
2017年には脳梗塞(こうそく)で一時入院していたこともありましたが
同7月に舞台復帰を果たすという快挙
今年4月には
ざこばさんは2024年4月30日、弟子3人の襲名発表会見に同席。5番弟子のひろばが「二代目桂力造」、ちょうばが「四代目桂米之助」、そうばが「二代目桂惣兵衛」と上方落語の歴史的名跡を継ぐことになり、「もう、あきまへんねん。喘息で…」と自身の近況報告で笑わせたあと弟子の襲名に「ありがたいこっちゃ」としみじみ話していた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/a96a66b00ce433b02b3cee67e6bb2b2a7e2bef3f#:~:text=%E8%90%BD%E8%AA%9E%E5%AE%B6%E3%81%AE%E6%A1%82%E3%81%96%E3%81%93%E3%81%B0,%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BA%BA%E6%9F%84%E3%82%92%E4%BC%9D%E3%81%88%E3%81%9F%E3%80%82
と、持病の喘息が出ていたようです
桂ざこばの若い頃は「ウイークエンダー」のリポーター!桂朝丸(かつらちょうまる)

27歳になった1975年から、日本テレビ系列で放送されたワイドショー「テレビ三面記事 ウィークエンダー」にレギュラー出演し始めた。高視聴率を稼ぎ出す人気番組。これを機に最初の芸名、桂朝丸(ちょうまる)が全国区になった。
https://www.nikkei.com/article/DGKDZO73549080Q4A630C1BE0P00/
日本テレビ系列のワイドショー「ウイークエンダー」のレポーター役で一躍有名に!
中学生くらいだった私たちの学校でも毎回話題になるほどの人気でした!
あの時代は本当になんでもありの感じで面白かったのを覚えています。
本当に面白かった。

若い頃の桂ざこばさんと奥様の真弓さん


桂ざこばの過去にSNSの反応は?
若い頃には吃音もあったんですね、あの独特の語り口調を思い出します。
まとめ【画像】桂ざこばの若い頃はウイークエンダーの人気レポーター
桂ざこばさんの若い頃は夜の情報番組でまくしたてるようなテンポのいい早口で
日常の事件をまるで落語を話しているかのように紹介していました。
毎回本当に楽しみにしていたのを思い出します。
テレビ番組に出演しても裏表のない発言に驚かされることもありました。
しかし思いだすのはあの周りをパッと明るくする笑顔ですね。
毒舌も笑いにしてしまう
唯一無二の桂ざこば師匠
心よりご冥福をお祈りいたします。


コメント